私は、私。
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今回のアメリカ滞在で、今まで十分に理解していなかったことがあることに気づきました。それは、自分に自信を持ちつつ成長することが、私にとって難しかったということです。

私は、周りの人たちが似たような服を着て、同じようなものを食べ、同じような目標を持つ、とても白人中心の環境で育ちました。きっと友人たちも、人と違うことをするのは簡単ではなかったと思います。でも少なくとも彼ら彼女たちは、私にように外見で「違う」と見られることはありませんでした。
今回のアメリカでは、リバイタラッシュの素敵なディストリビューターの皆さんに囲まれて過ごしました。長く美しい髪に、見事なまつげ。その中で私は一番背が低く、まつげは人生で一番長い状態ではあったものの、それでもどこか、自分だけが少し見劣りするような気持ちになっていました。
日本へ戻った後、美容師さんに相談をしました。「髪型を変えたほうがいいかしら。前髪も伸ばしたほうがいいかな。」私は昔から、少し短めの前髪を好んできました。周りとは少し違うスタイルです。
すると彼女は、私が見せた集合写真を見て、すぐにこう言いました。
「リッキーさんが、一番素敵ですよ。」
私は本当に驚きました。

でも、その一言で気づいたことがあります。
周りがみんな同じように見え、同じように考えている環境の中では、人とは異なる自分の面に自信を持つことが難しいということです。
実は、日本で外国人として暮らすことは、私にとって多くの面で楽なことでした。私は日本人ではありません。だから周りの人と同じでなくてもいい。誰かになろうとしなくてもいい。ただ、自分らしくいればいいのです。
でも西洋社会で成長していくのは、私にとってとても大変なことでした。
今でも、オレゴン州立大学に入学したばかりの頃のことを覚えています。私はその大学で初めてソロリティ(女子学生社交クラブ)に入った、日系アメリカ人女性でした。新入生向けのダンスパーティーがあったのですが、誰からも誘われませんでした。結局、別の大学に通っていた日系アメリカ人の友人にお願いして、一緒に参加してもらいました。
最近になって高校時代の友人たちと過ごした際、彼らがこんなふうに思っていたことも知りました。「リッキーは、お母さんが反対するから西洋人の男性とは付き合えないんだと思っていた。」確かに、母はそうだったかもしれません。でも私は、日本へ来るまでは西洋社会の基準に合わせようと必死だったのです。
皮肉なことに、自分が日系アメリカ人であることを心から誇りに思えるようになったのは、日本へ来てからでした。
日本文化に囲まれて暮らすことで、日本人としてのルーツも、アメリカ人としてのルーツも、両方を大切に思えるようになったのです。
だからこそ、今日はこのことを書きたくなったのかもしれません。
日本で日本人として育つことも、アメリカで日本人の顔を持って育つことと同じくらい難しい面があるのではないかと思ったからです。
私たちは、自分が「普通」とされるものから少しでも外れていると感じると、不安になります。
でも、そうでなくてもいいのかもしれません。

今でも私は、自分自身をありのまま受け入れることを学び続けています。今いる場所の自分を。今の自分自身を。そして今の自分の姿を。
先日のブルームーンの夜、ある人がこんな言葉を教えてくれました。
「『もし〜だったら』で始まる考えは、すべて手放しなさい。」
もし違う見た目だったら。
もしもっと背が高かったら。
もしもっとこうだったら。
もしもっとああだったら。
そうではなく、ただこう言えるようになりなさい。
「私は、私。」
それだけで、きっと十分なのだから。








