逆境を乗り越えて──私たちの物語は続いていく
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※この記事は前回からの続きです。
MRi創業までのストーリーは、ぜひ前回の記事からご覧ください。
▶ 前回の記事:「MRiが生まれる前のこと」
私はもともと会社を立ち上げたり、社長になったりするつもりはありませんでした。MRi(Medical Research International)を設立した当初の目的は、「アンチエイジング医療」という新しい分野について医師の先生方へ情報提供をするコンサルティングでした。その中心となるプロジェクトが、「バイオアイデンティカル・ホルモン補充療法(BHRT)」だったのです。

当時の私は、2002年7月に米国で発表された「Women's Health Initiative(WHI)」のホルモン補充療法に関する研究が、その後の医療界に大きな影響を及ぼすことになるとは思ってもいなかったのです。

ところがMRiを立ち上げた時にはすでに、婦人科医や内科医、美容医療に携わる先生方の多くがその衝撃的なニュースを耳にしており、会うことさえ断られることも多かったのです。
実際には論文そのものを読んでいた方はごくわずかでした。世界中に広まったのは、「ホルモンはがんを引き起こす」という一言だけだったのです。
この研究で問題とされたのは、合成エストロゲンと合成プロゲスチンによる乳がん、心筋梗塞、血栓症などのリスクでした。しかし、多くの人は「合成ホルモン」と、私たちの体内でつくられるホルモンとまったく同じ分子構造を持つ「バイオアイデンティカル・ホルモン(BHRTで用いられるホルモン)」との違いを理解していませんでした。
私は話を聞いてくださる先生を探し続けました。その間、松倉先生は私のそばにいてくださいました。MRiが誕生し歩き始めることができたのは、松倉先生がいてくれたからです。

先生は私と一緒にアメリカへ渡ってくださり、Dr. Neal Rouzierのもとで学び、この治療の科学的根拠と可能性を深く理解してくださいました。そして先生のご支援とご協力のおかげで、日本でも少しずつ「バイオアイデンティカル・ホルモン補充療法(BHRT)」への関心が広がっていきました。


そんな中、もう一つ思いがけない転機が訪れました。
私はネオメディック在籍時代に、すでにジェーン・アイルデールとの契約を結んでいました。ホルモン療法の普及には想像以上の時間がかかることを予感し、ネオメディックの社長に「ジェーン・アイルデールをMRiで取り扱わせていただけないでしょうか」と相談しました。



社長は快く了承してくださいました。
当時、日本の化粧品市場は大手国内メーカーが圧倒的な存在感を持っていました。未知のメイクアップブランドを日本で育てていくことに情熱を持つことは難しく、ましてや一本あたり500円にも満たない利益のために、20色ものリップカラーを管理することにも魅力を感じていなかったのです。
一方で、松倉先生のもとには、
「敏感肌でも使えるメイクはありますか?」
「レーザー治療後でも安心して使える化粧品はありますか?」
という患者様からの相談が数多く寄せられていました。
もしアメリカでジェーン・アイルデールが掲げている、
「レーザー治療後にも使用できる」
「敏感肌にも適している」
「ニキビ治療を妨げることなくカバーできる」
「ボトックスやヒアルロン酸注入後の内出血も自然にカバーできる」
というコンセプトを日本でも伝えるのであれば、まず私たち自身がその価値を確かめなければならないと私は考え、一つの決断をしました。

販売先を医療機関のみに限定すること。
その結果、わずか3年で300を超えるクリニックに導入していただくまでになりました。
その後、吉川千明さんから「ジェーン・アイルデールを伊勢丹で展開できませんか」とご相談をいただきました。
当時の契約では販売先は医療機関や薬局など専門チャネルに限られていましたが、私は事業計画書を作成し、創始者のJane Iredale本人に提案しました。
その計画は承認され、私たちは世界で初めて百貨店でジェーン・アイルデールを販売する会社となりました。
後に伊勢丹「ビューティアポセカリー」として知られる売場でのスタートでした。
しかし、百貨店での販売は決して華やかなものではありませんでした。
箱にほんの小さな傷があるだけで返品。
わずかな色味の違いでも返品。
私たちの倉庫で検品を済ませた商品であっても、毎週のように「基準を満たさない」と判断された商品が大量に戻ってきました。
しかし、その厳しい経験が私たちを大きく成長させてくれました。
百貨店の高い品質基準に鍛えられたことで、ジェーン・アイルデールはどんな小売環境でも通用するブランドへと成長していったのです。
今振り返れば、あの頃の苦労は私たちにとって大きな財産だったと感じています。
後になって知ったことですが、当時私たちの周囲にいた多くの方は、「MRiは3年以上は持たないだろう」と考えていたそうです。
それから23年。
私たちは今も歩み続けています。
ジェーン・アイルデールの輸入体制が軌道に乗った後も、私は「それぞれが競合することなく、人々の健康と美しさに貢献できる本当に優れた製品やコンセプト」を探し続けました。
その想いが、後にリバイタラッシュとの出会いにつながり、自社製品や教育プログラムの開発へと発展していったのです。

そして現在も、私たちは新たな課題に向き合っています。
その一つが、ここ数年続く急激な円安です。

小さな独立系インポーターである私たちにとって、これは創業以来最大級の試練の一つと言えるでしょう。
それでも、一つだけ変わらないことがあります。
MRiは、単に商品を販売するために生まれた会社ではありません。
本当に価値があると信じた考え方、治療法、そして新しい技術を日本へ届け、人々の人生を少しでも豊かにすること。
それこそが、私たちの使命でした。
これまで経験してきた数え切れない困難や失敗、そして幾度もの挫折は、その使命をより強く確かなものにしてくれました。
この23年間を振り返ると、当時「MRiは3年以上続かない」と言った方々は、ある意味では正しかったのかもしれません。
つまり、本来なら続くはずのない会社だった。
それでも、私たちは今ここにいます。
学び続けながら。
成長し続けながら。
そして、信じ続けながら。
本当に素晴らしい製品があり、革新的な科学があり、人々がいつまでも若々しく、美しく生きるための新しい可能性が生まれ続ける限り──
MRiの物語は、まだ終わりません。








